ついに更新が2年に1度くらいになりました。マナです。
さて、皆さんは『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 〈ワルプルギスの廻天〉』はもう観ましたか?

観たという方、お疲れ様です。まだ観てないという方、さっさとこんな感想を見るのはやめて映画館に目覚めた心で走り出しましょう。まどマギって何?という方、TV版の総集編映画前編後編と新編の3作を観てから映画館に走りましょう。1日あれば観終わります(なお精神エネルギーの消耗は考慮しないものとする)。
この記事は〈ワルプルギスの廻天〉(以下、『廻天』)を観たという前提で、百合好き(?)アニメ映画オタが、自分のまどマギ遍歴だの感想だの考察だの妄想だのをつらつらと綴るだけのものです。また、ぶっちゃけ自分が自分のために文章化しておきたいだけなので、解釈違いや物語の正解といったものは考えないこととします。また、筆者は現在(2026/09/11)3回しか本作を観ていません。そのため、セリフ違いなどに関してはご容赦ください。
というわけで、ネタバレ全開でお届けします。
もう一度言います。
ネタバレ全開です。
まだ観ていない方はただちにブラウザバックをしましょう。
(…………後悔なんて、あるわけない)
了解しました。後悔は無いようなので進みましょう。それでは、はじまりはじまり〜。
あなた、誰?
本題に入る前に、自己紹介と自分のまどマギ遍歴について話します。
普段はアニメ映画のオタクをやっています、マナと申します。主に国産単独・オリジナルアニメーションを好んで観ます。百合(GL)作品と銘打っていない作品の百合が好きです(銘打っているのも良いですが、見るのがちょっと恥ずかしい)。いわゆる関係性萌えというやつでしょうか。
まどマギに関しては、2016年ごろに初めてTV版をニコニコ動画の配信かDVDのレンタルかで観た記憶があります。そこから叛逆を観て、しばらく頭を抱えたことをよく覚えています。その後ノベライズまでは買ったものの、それ以降は付かず離れずの距離感でまどマギとは付き合ってきたつもりです。
『魔獣編』(TV版のその後を描いた漫画)や、『まどマギポータブル』(ゲーム)、そして『マギアレコード』(ソシャゲ)といったものは存在こそ知っていたものの、キャラやストーリーをつまみ食いしている程度のライトなファンです。
なので、今回は主にTV版・総集編前編後編・新編[叛逆の物語](以下、『叛逆』)の3つの知識、それに加えて廻天のパンフレットの情報のみで語ろうと思います(そのため、パンフレットを所持していない方はそこのネタバレにも気をつけてください)。
つまり、公式から多数出ている書物や資料にはほとんど触れていないこと、前述の通り正解を見出すために書いているわけではないことを留意して読んでいただけると幸いです。どちらかというとこの新鮮な気持ちを書き残しておきたい、という自分の願望で書き進めております。
また、まどマギ以外で一つだけ触れておきたい作品があるのでご紹介します。『少女☆歌劇レヴュースタァライト』という作品です。超ざっくり説明すると「舞台の名門校に通う9人の少女たちが歌って踊ってぶつかり合うミュージカルバトルライブエンターテイメント」です(主観なので間違っていたらすみません)。実際の舞台とアニメが交錯し合う、なかなか特殊なメディアミックスをしています。私はTV版12話と、総集編『ロンド・ロンド・ロンド』、そして劇場版アニメだけ観ています。なのでこちらに関してもライトなファンですね。
さて、なぜこちらを紹介したかというと、今回廻天にて絵コンテを担当された古川知宏さんが、監督をしている作品だからです。そのため、本作でもスタァライトの作風が垣間見える部分があります。そのあたりの解説に関してはもっと詳しい方に譲りますが、これだけは触れておきたかったのでご紹介しました。
なお、現在TV版全12話がYouTubeにて「9月3日(木)~9月30日(水)18:00」の期間で無料公開中です。また、劇場版も9月9日(水)より各地の劇場にてリバイバル上映が決定しています。偶然にも程があるな? お時間のある方はぜひこちらもご覧ください。
https://revuestarlight.com/news/11142/
さて、前置きが長くなりましたがここから一つずつ感想を述べていきたいと思います。
映画の総評について
ずばり、初見では75点です。100点満点中。
思ったより低いのか高いのかは読者の皆さんの判断に任せますが、そう思った理由をいくつか紐解いてみましょう。
①映画としてのエンタメ性に欠けている
作品は本来「単体」にて評価をするのが個人的セオリーなのですが、本作、というかシリーズものに関してはどうしても過去作との比較が必要になってくると思います。
その上で、廻天は叛逆よりも「衝撃度」「頭を殴られるような強い印象」を持てなかった、というのがあります。他の方の言葉を借りると、叛逆は起承転結における「転」の物語ゆえに、ああいった爪痕を残していったという節もありますが……。
また、叛逆の「ほむらvsマミ」のように明確に「燃える」シーンがあまり見受けられなかった、というのも理由として挙げられます。もちろん本作のアクションシーンは、これはこれで画面全体を目一杯に使い、まるで空間の所有権を争うような素晴らしいものになっています。しかし、パッと思いつくような強い印象を与えられたというよりは、一度思考の海に潜らないと良いシーンをすぐに思い付かない、というのは欠点であると言えるでしょう。
②情報がとっ散らかっている
これも大きな欠点の一つと言えるでしょう。個人的に、『作品は一度観ればある程度物語が掴める』ものであるべきだと考えています。しかし、本作はこれまでのシリーズよりもさらに難解であり、複数回の鑑賞が要求される代物です。そこからが本番とも言えなくはないのですが、情報の整理はもう少し必要だったかもしれません。
2026/08/28
— マナ (@manatee_iroiro) 2026年8月28日
『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』(Dolby Atmos)@シネマツーbスタ
観てよかった。映像には磨きがかかり、タイトルに相応しい内容だった。これまでのまどマギを彷彿とさせる演出万歳。まだ理解できない部分も多いが、泣いたので私の負け。#まどかマギカ #マナレポ pic.twitter.com/1eKuT3FSQg
初見感想。「理解できない部分が多い」との記述。
③結末がボカされている
これまたかなり大きな欠点です。実際、ここが問題であると指摘する感想を多く見かけました。「まどかとほむらはどうなったのか」、ここがシリーズ通しての大きな軸であるはずです。また、TV版では明確に「まどかが『円環の理』となって終わる」、叛逆では「ほむらが『悪魔』となりまどかを引き裂いて終わる」と一言で説明できました。しかし、本作ではそうはいきません。解釈が観客に委ねられているのです。これはシリーズにおいて前代未聞のことであり、賛否両論が巻き起こる点と言えるでしょう。
④細かい部分で過去作との齟齬が発生している
例えば、杏子は「食べ物を粗末にする奴は許さない」という表現が徹頭徹尾徹底されたキャラクターでした。今回、ケーキバイキング(?)にみんなで行くという展開がありましたが、そこで新キャラたる紫丁香がまさにそういった行為をします。それに特に反応をしない杏子は果たして杏子らしいと言えるのでしょうか。
また、TV版にてキュゥべえが言っていた「やがて魔女になるから、魔法少女」というセリフも、マルグリートが作り出した魔女システムより以前の魔法少女(そもそも当時そういった呼び方だったかも分からない)には適用されないと考えるのが自然でしょう。
こういった細かい部分の「雑さ」の蓄積が、観客に違和感を残しているのが事実です。
⑤新しいキャラに尺を割きすぎて、既存のキャラの見せ場が少ない
本作からの新キャラである「紫丁香」、「セルマ・テレーゼ」、そして「名前のない上級生/ワス」。彼女たちを語るために与えられた尺はかなりのものです。そのため、既存キャラたちのやり取りが相対的に少なくなっているのは事実です。「もっと既存キャラ同士の絡みを見たかった」という方にとってはここは減点ポイントでしょう。
⑥音楽が弱い
これまでのシリーズではいわゆる「マミのテーマ」や「オクタヴィア戦」など、印象的なメロディを持った劇伴が多く登場し作品を彩ってきました。しかし、今回はどちらかというとそれは抑えめです。むしろ、作品に寄り添うといった感覚の強い劇伴が多かったように思います。また、総集編・叛逆ではあったOPや挿入歌が本作では存在しません。EDである「彼方」だけで勝負にかかっているのです。それはストイックな姿勢とも言えるし、OPなどを期待していた方にとっては肩透かしであったとも言えますね。
⑦Cパート要る?
これに尽きます。続編を作るためのフックとしか思えない……と最初は考えていました。しかし、他の方の考察を読むにつれて、この考え方は少しずつ変わってきています。キュゥべえは本当に必要な情報から目を逸らすための囮にすぎず、例えば最後に鳴る「トカゲさん電話」であったり、名塚底根へと向かう3つの光……など、気になる点は多くあります。これらは今後の展開によって大きく評価が分かれるところと言えます。
……ひとまず、こういったところでしょうか。上に挙げた理由により、私は最初75点という評価をつけました。
しかし、本作を複数回鑑賞し、パンフレットを読み、他の方の感想も拝読する中で、その印象は現在進行形で劇的に変わりつつあります。
①〜④に関してはまだ引っかかりを覚える部分もありますが、⑤は「まどかの『まどからしさ』を見せるのにそれぞれ必要だった」、⑥は「あえてそういう劇伴にした」といった旨の記載がパンフレットにあります。また⑦に関しても、現時点では評価を保留せざるを得ないのが現状でしょう。
そのため、現在での評価は「衝撃度で言えば叛逆が上、後からジワジワと殴られる面白さで言えば廻天が上」といった、評価軸の異なるものに至っています。減点式なら75点ですが、加点式なら120点をつけたいところです。
新キャラ3人について
「愛しきマルグリート」/ワス
本作においてある意味最も重要なネタバレ要員の1人である、名前のない上級生/ワス。
(以下、エンドロールの表記に従って「ワス」)
彼女、可愛いですよね(唐突)。とても魅力的なキャラだと思います。あの口調とキャラをトレースするのは凄く骨を折りそうですが……。。あとまどかからの「先輩」呼びがとても好き。もっと聞きたかった。

して、その正体はTV版にて最悪の魔女として猛威を振るったラスボス、「ワルプルギスの夜」のいわば「核」となる、元魔法少女です。当時の名前は「マルグリート」。名前を呼んで、マルグリート……。。
彼女は本当に魅力的なキャラクターだと思います。「ほむらと同じ顔」を持ち、「同じ人」を愛した故の今回の襲撃——そして最後のほむらとのやりとりが胸に沁みます。口調や雰囲気は本当に唯一無二ですね。彼女を深く考察することも可能ではあるのですが、最初に申し上げた通りこの感想文は私が思ったことを記録しておくものなのでこれくらいに留めておきます。あ、でもワルプルギス服が個人的には好みだったことを追記しておきます。。
「セルマは誰かの役に立つことが大好きだからね!」/セルマ・テレーゼ
名塚底根より舞い降りし、ほむらの知らない新しい魔法少女②。彼女もまた魅力的なキャラクターですね。本作では主にマミとなぎさと絡むことが多かったですが、その快活さの中に垣間見える絶望的なまでの自己嫌悪や自己肯定感の無さが彼女の悲愴感を際立たせます。

実は彼女は「針の魔女」の人間態である、というのが通説らしいです。本作ではラスボスに近い立ち位置で、まどかを「魔女」とすることで「宇宙の役に立とう」としますがキュゥべえに「それは非効率だ」(意訳)とバッサリ切られているのも辛いところです。
最終的にはなぎさたちによってメルトジェム(パンフレットより)を砕かれおそらく死に至ったと推測されますが、円環の理を憎み、苦しんだセルマにとってそれは救いだったのでしょうか……。なぎさの「愚かでも〜」というくだりが強く印象に残っています。
「馬鹿げた夢は終わらせて、本来の世界を取り戻す」/紫丁香
名塚底根より舞い降りし、ほむらの知らない新しい魔法少女③。彼女もまた魅力的なキャラクターですね(デジャヴ)。本作では主に杏子との会話が多かったですが、舞台挨拶において美樹さやか役のキタエリさんが「赤が緑と絡むから紫の方に行ってみた」(意訳)と言っていたらしい、というのが印象的です(汗)。

彼女は何だかんだで一番人間らしく、そして仄暗い過去が示唆されているキャラクターです。ここをもう少し掘り下げて欲しかった…!という気持ちはありますが、本筋から逸れすぎても良くないので難しいですね。
円環の理による救済を求めていたはずの彼女が真に求めていたのは、「鹿目まどか」という一人の少女による抱擁でした。その後はほむらたちと共にセルマと対立し、最後にはワスと一緒に円環の理に再び導かれたことが示唆されています。ちなみに、「ゴムの魔女」の人間態らしいです。
また、この3人は正確には魔法少女ではなく、「魔女っ子」と呼ばれる存在であり、ソウルジェムの代わりに「メルトジェム」と呼ばれるもので身体を動かしているそうです(パンフレットより)。その身体がどこから来たものなのか、ワスは作中で説明されているものの、セルマと丁香に関しては謎が多いところですね。
見滝原(元円環)組6人について
「誰のために、何がしたいのですか?」/百江なぎさ
叛逆にて初登場を果たした、円環の元鞄持ち。してその正体はマミとの因縁も深い「お菓子の魔女」シャルロッテ。叛逆では「べべ」としての姿での活躍が多く、その人間性はあまり描写されませんでした。

しかし、本作では大活躍と言っていい、というかなぎさではなくなぎさ「さん」と呼ぶべきといった、見た目に似つかわしくない達観ぶりを見せます。恐らく精神年齢は大人と遜色がないのでしょう。無邪気にセルマと遊ぶ姿はとても可愛らしいですが、その一方で終盤さやかやセルマにかける言葉はとても大人びています。
そして衝撃の事実。実は彼女は「全て」を知っていた……らしい、ということ。「辛い過去なんていくらでも語れるけど、マミたちといる今が一番楽しい」「だからまどかが神さま?ほむらが悪魔?そんなのはどうだっていい」なんて言葉まで飛び出てきます。
そして一番の名台詞と言えば、やはり「さやかは誰のために、何がしたいのですか?」でしょう。これがさやかの再起のきっかけとなり、ひいてはほむらへの鼓舞に繋がるのです。結果的に、本作において鍵となる人物だったと言っても過言ではないでしょう。名台詞しか言わねーのですかこの幼女は。
「ティロ・フィナーレ!」/巴マミ
実のところ、マミさんは最初から最後まで「真実」を知らないまま戦っていた人物です。しかし、それ故に劇中でも屈指の戦闘能力を誇ります。TV版・総集編ではその心の脆さと強さがそれぞれ描かれたキャラクターですが、叛逆・廻天では「ひとりぼっち」という心の隙を埋めてくれる仲間たちがいます。

前述した通り、マミと行動を共にするなぎさは「全てを知っていた」ことが示唆されています。しかし敢えて、マミには真実を伝えなかったのでしょう。それは賢明な判断と言えます。
終盤ではチーズ戦艦を乗りこなし、TV版から続く必殺技「ティロ・フィナーレ」でなぎさをアシストします。本作においては名脇役、いぶし銀な活躍をしたと言っていいでしょう。
「あたしは独りぼっちじゃないんでね!」/佐倉杏子
激アツですね、このセリフ。初見の時にもハッと気付いたのですが、本当に本作は過去作のオマージュやリフレインの多い作品だと思います。それがクドいと言う方もいるかもしれませんが、私はかなり好きです。

本作ではさやかと同居しているかどうかは不明ですが、彼女なりにさやかを気にかけていることが冒頭の登校シーンから見て取れます。杏さや…………。。一方で、丁香との対話、戦い、その結末に関してはどこか儚く辛いものを感じます。そしてめちゃくちゃ強いですね。マミと同様、過去を吹っ切り、仲間と共にいる杏子の精神は安定しており、素の部分である優しさや仲間思いな姿が見れたのはとても嬉しかったです。
「この世界でただ一人……あんただけは、円環の理を『まどか』なんて呼ぶな!」/美樹さやか
実質本作の主人公。さやか☆マギカ。
私は元々ほむまど派だったのですが、叛逆で(……重い!!)となり、気づいたらさやかが好きになっていたヤツです。いや、もちろんほむまども好きだし、まどマギキャラ(CP?)はみんな好きなのですが……。

TV版では恋する乙女として想い人の——他者のために——願いを叶え、正義の魔法少女として戦い、真実に絶望し、魔女になり杏子と共に命を落とすなどかなり辛い立ち位置にいた彼女。しかし叛逆ではなぎさと同様円環の理の鞄持ちとして登場、マギレコでも委員長の魔女との戦闘シーンは圧倒的なクオリティ、カッコよさと可愛さを兼ね備えたまさに「製作陣にも愛された」人物として躍進します。年相応の少女としても、正義の味方としても、たくさんの魅力を持つ彼女に私は惹かれたのです。
そして、叛逆のラストでは悪魔と化したほむらに対して、「あんたが悪魔だってことを忘れない」とバチバチの険悪ムードで物語を終えます。そこからの廻転。包帯ぐるぐる巻きのロールパンナちゃん状態でPVに登場した彼女。あの時は衝撃的でしたね……。叛逆・廻天の内容から察するに、あれはほむらによる記憶封印・改ざんの証だと考えるのが妥当でしょう。
そんなさやかとほむら、因縁の二人が今回ではまどかのために——親友のため、最高の友達のために——共闘関係になるのが大変熱いです。(※ここに関しては自分の感情が多分に含まれそうなので後述します)
そして何よりも本作最大の名シーンと言えるのが、あのさやかがほむらを鼓舞する場面でしょう。TV版から一貫して相寄ることのなかった二人が、特にさやかからほむらを応援することがあったでしょうか。あったのです。本作には。
それはなぎさに「誰のために、何がしたいのか」を言われ、さやかなりに考えた結果なのでしょう。本当にこのシーンは素晴らしいと思います。ここを観るためだけに映画館に足を運ぶ価値があります。
あの後、さやかは円環の理に戻ったのか、それともまだ現世にいるのか——具体的には描写されていません。個人的には現世にいて、ほむらと少しずつでも距離を近づけてほしいなあと思っています。同じ記憶を持っていて、同じ人を想っていた同士、分かり合える未来が来ることを願ってやみません。
「わたしの、最高の友達」/鹿目まどか
まどか☆マギカの主人公。
今回は悪魔ほむらによって「人間」としてのまどかが再び登場します。しかし、その脆く儚い「銀の庭」はワス達の登場により瓦解していくのですが……。

ほむらには「鹿目さん」呼びされていたり、絶妙に距離を置かれていることもあってほむらとちゃんと会話をしたのは昼食のシーンと終盤のシーンだけとなっています。そのため、まどか自身の影は若干薄いことは否めないのですが、その分前述した通り新キャラ達を通して「鹿目まどか」という人物の深掘りがなされています。
そして最後のほむらとの対話は何度観ても涙が出てしまいます。TV版第一話のリフレインでもあり、まどかがほむらの心に触れる大事なシーンです。
あの時のほむらは、まどかがいなくなったあとでも優しげな表情で眠りについています。私の解釈ではまどかは円環の理に戻った、と考えているのですが、ほむらのあの表情を見ると必ずしも完全なバッドエンド、逆戻りとは言えない……と思います。これも詳しく後述します。
特に丁香とのやり取りなどに見受けられるのですが、彼女は誰にでも優しく、愛されたがゆえに人を愛することのできる博愛の人物です。だからこそほむらとずっとすれ違い続けるのが、とても切ないのですが……。果たしてこの二人が笑顔で手に手をとれる世界は来るのでしょうか?
「鹿目まどかは、渡さない」/暁美ほむら
ほむら☆マギカ。
やっとここまで来ました。TV版第10話より、実質的な主人公として活躍及び暗躍してきた少女。そしてまどかへの想いと共に、女神に叛逆した悪魔。

……しかし、その圧倒的な悪魔ムーブは冒頭10分で終わり、本作では割と素の暁美ほむらが出まくってます。「私は誰か一人に背負わせたりしない」、というのは本作でも印象的なセリフですが、これはまどかのことだけでなく他の人物達に対しても同じ思いを抱いているのではないかと想像しています。感情表現やコミュニケーションが壊滅的に不器用なだけで、心根はずっと優しいんですよね。「女神を貶めた者として悪魔とでも名乗る他ない」としてロールプレイをしているわけで……、

と言いつつ、まどかへの「愛」によって悪魔になったのも事実です。ここで一つ、とある記事をご紹介させてください。
暁美ほむら担当声優が語る『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』
https://niewmedia.com/specials/2609madoka-magica-saitochiwa_edymm_wrkrd/
この記事において、ほむら役の斎藤千和さんがまどマギという作品、そしてほむら、ほむらとまどかの関係について大変濃密なことを話しています。未読の方はぜひこちらを読んでからこの感想に戻ってきてください。
“ほむらは、いつ大人になるのだろうと思います。まどか以外のものを見ていない。初恋をずっとこじらせていて、一番きれいな気持ちのまま、まどかという一番きれいなものを見続けているんですよね。”
記事の中に、こう言った一文があります。その通りだな……と思うと同時に、斎藤さんのほむらに対する解像度の高さに感服します。ちなみに、斎藤さんは文中においてほむら→まどかの感情を「初恋」と表現しています(!)が、新房昭之総監督は「親愛」であると話しているらしいです(ソースは他の方の呟きなので、出所は分かりませんが廻天のパンフレットを読むにそういった側面があると思います)。
さて、話を戻します。
廻天の終盤にて円環の理の弓矢に貫かれたほむらの背景に、これまでの彼女の記憶と記録が散乱します。これは自己解釈ですが、この結果さやかだけでなく、マミたち他の魔法少女たちもこれまでのほむらの記憶を共有したのだと考えています。そのため、ほむらは「独りぼっち」ではなくなったのです。
だから、廻天は決して「TV版の結末に戻ってしまった」訳ではないのです。ほむらの記憶を皆が知った——それはとても大きな意味を持ちます。そのために、マミたちはほむらの背中を押すこととなったのです。
結果的にまどかは円環の理に戻ったのか——私はそうである(戻った)と解釈していますが、ほむらはもう独りではありません。そのため、このあとの彼女たちがどんな未来を迎えるのかは、今後の展開次第だと思います。廻天はあくまでも起承転結の「結」のはじまりにすぎないという訳です。
また、最後ほむらはこれまでの魔法少女でも、悪魔でもないさらに別次元の変身(?)を遂げています。悪魔ほむらをベースとし、煌びやかな装飾がなされた姿……仮称、魔王ほむらとでも呼べばいいのでしょうか。瞳に紅の焔を燃やし、まどかを見つめるその光は禍々しくもとても美しく、この瞳を、表情を観るために廻天を観る価値があります。
ほむらは、最後まで戦い抜きました。
それに価値があるのです。
たとえその結果がどうであれ、自分で考え、自分で選び、自分のために動いたほむらは、魔なる者でもなく、繰り返す者でもなく、ただ一人の少女として愛する少女へと手を伸ばした。
「これが私とまどかの約束」→ソウルジェム
「これが私のまどかへの執着」→ダークオーブ
——かつての約束、そして最初の感情である「憧れ」を取り戻したほむらは、それらを踏まえた上で、まどかの幸せではなく(もちろんそれもあるでしょうが)、自分がまどかに執着をしていることを自覚した上で、まどかを取り戻そうと足掻くのです。
まとめ
さて、ここまでつらつらと感想を並べてきましたが、いかがだったでしょうか(?)。
物語の最後を飾る「彼方」という曲とエンドロールにも考察要素は多くあると思いますが、ここではあえて割愛します。「彼方」も大好きです。3回聴いて3回泣きました。
考察とも呼べない、本当に自分自身のために書いている感想ですが、こうやって文章にしてみると頭の中が少し整理されたようですっきりしています。
私は最初、困惑の方が大きかったです。混乱と言ってもいいでしょう。しかし今では、観た後に鋭い痛みと、でもそれ以上の愛しさをこの作品に感じるのです。この感覚は、自分の感覚だけは、誰にも奪われない大切なものです。
「君は気づいていたかな?
本当のことなんていつも君の中にしかない」
だから、どうか自分の中の感覚を、感情を、感情を、感想を、大事にしてください。
……というのが私の一番伝えたいことです。
そして私は、〈ワルプルギスの廻天〉という作品を愛しています。
最初に述べた通り、欠点も気になる点も多くあります。しかしそれらを飲み込んで、「好き」という気持ちが勝った。そういうことです。
私は叛逆より13年間、ずっと「この時を、待ってた」訳ではありません。ずっとまどマギのことを考えてきた訳ではありません。なので、これまで待ち続けてきたファンの皆さんの気持ちを理解することはできないでしょう。
それでも、それでも私は私の感覚にただ忠実に素直になった時、「この作品が好きだ」、と胸を張って言いたいのです。
余談:ほむさやほむと、これまでとこれから
さて。ここからは完全に余談です。
公式によるネタバレ禁止期間(〜9/12 0:00)が設けられた結果(?)、ほむさやほむ怪文書やさやかがまどかの姿をしてほむらと「する」倒錯妄想の魔女が現れてしまいました。
筆者も今ではすっかりほむさやほむのオタクヴィア・フォン・ゼッケンドルフです(やかましい)。私たちは……いつの間に魔女になっていたというの……?
「さやか……もういいの」
私は「呼び方」のオタクというヤツです。廻天ではさやか→ほむら(呼び捨て)が3回ありました。そして終盤も終盤で遂に、ほむらがさやかのことを呼び捨てで呼んだのです!!ほむさやは““あります””。廻天でほむさやに落ちました。おかげで今ではすっかり3日でほむさやSSを3本書く始末、SNSのTLはほむさやほむ&廻天の話題だらけです。幸せですね。。
ほむさやSSを書いています。
https://www.pixiv.net/users/28622904
この記事が投稿された後、9/12 0:00に遂にネタバレが解禁されます。その後の世界がどうなるのか、私は楽しみで仕方ありません。
これから、『魔法少女まどか☆マギカ』がどのような展開を迎えるのかは今はまだ、誰にも分かりません。
しかし今は、この熱狂に身を委ねていたいのです。
それでは、この長文にお付き合いいただきありがとうございました。
さて、廻天観に行くか……。。
※記事中の画像は全て、アニプレックス公式YouTubeの予告編・キャラクターPVより引用したものです。
https://m.youtube.com/playlist?list=PLUH30mfo5wJwOnxrR2BKf6It-xHIdfsV1&ra=m




































